「マスター、お使い行ってきてください」
そう言いながらカイトが差し出してきたのは1枚のメモ用紙。奏がそれに目を通すと、続いて財布を渡された。
「えーと……麻婆茄子なんだ、今日」
「そうです」
カイトがにっこり笑う。メモの一番下にはアイスの3文字が二重線で消されていた。奏は苦笑する。
「アイスまだあった?」
「えっと……あと4個です……」
しょんぼりしているカイトの頭をぽんぽんと撫でると、奏はがくぽを振り返った。
「がくちゃん、買い物行こう」
「分かった」
がくぽは立ち上がるとコートを取ってきて奏に差し出した。奏はそれを着てがくぽを手招く。
「いってきまーす」
「行ってくる」
玄関まで見送りに来たカイトとリビングにいるリンとレンが、いってらっしゃーい、と一緒に言った。
だいぶ暖かくなったとはいえ、まだまだ寒い街中。白い息を吐き出す奏は、隣で無言で歩くがくぽを見上げた。
「ねぇがくちゃん」
がくぽは首を傾げて奏を見た。
「がくちゃんはさ、僕のこと何とも思わないんだね」
「何とも、とは?」
がくぽの問いに奏はあー、と困ったような声を上げた。コートのポケットに手を突っ込んで、言葉を選んでいるのか空を眺めている。
「……主?」
「あ、んーとね……僕のこと好き?」
奏は首を傾げる。がくぽは言葉の意味が飲み込めずに目を丸くした。奏がはたはたと手を振る。
「ごめん、好きって変だね」
奏はぴょこ、と手を差し出した。
「手、つなご。寒い」
がくぽが奏の手を握ると、奏はあったかいね、と呟いた。
「あったかい」
奏はそれ以上何も言わなかった。ただ僅かに顔をしかめて泣くのを堪えているようだった。がくぽは奏の手を強く握った。
「…………」
「っと」
奏がスーパーを見つけて声を上げる。籠を持った奏が、何かを考えてがくぽにそれを渡す。
「持って」
がくぽが戸惑いながらそれを持つと、奏は小さく頷いてメモを取り出した。
「茄子と、麻婆茄子の素と………ん?」
「どうなされた、主」
メモの最後を見て眉を寄せた奏を不思議そうに見て、がくぽはメモを覗き込んだ。
「……マスターに任せます、って………カイト……」
奏は苦笑してがくぽを見上げる。鮮やかなピンクが揺れる。
「じゃ、早く買って帰ろっか」
言うが早いか、奏は野菜コーナーへと歩いていく。
がくぽはその後を追いかける。奏は茄子を手に取ると、その近くに置いてあった麻婆茄子の素を見て小さく首を傾げた。
「ねぇ、がくちゃん」
「ん?」
奏は2つの素を手に取ってがくぽを振り向く。中辛と甘口。
「どっちがいいと思う?」
がくぽはむ、と眉間に皺を寄せる。奏はメモを見た。特に何も書いていない。カイト、こういうのよく書き忘れるんだよねー、と内心呟く。
「リンは辛いのが苦手だったように思うのだが」
がくぽの呟きに奏は頷く。ちなみに言えばカイトも辛いものは苦手だった。
「それじゃあ甘口ね」
ぽい、と無造作に奏は甘口を放り込む。がくぽは頷くと奏を見た。
「他には?」
奏は細い顎に指を当てて考え込む仕草を見せる。
「とりあえず、アイス買わないとね」
カイトが可哀相だし。奏は歩き出した。
「あと、がくちゃん好きなの選んでいいよ」
「いいのか?」
にわかに顔を輝かせるがくぽに奏は頷いて、にっこりと笑みを浮かべる。
「だって僕に任せるって言われたし、いいよ」
その後てきぱきと会計を済ませた奏とがくぽは並んで家路を急いでいた。
奏が持っている袋には箱のアイスとプリン5個、がくぽが選んだ大福5個と奏の非常食のゼリー。
がくぽが持っている方の袋には茄子と麻婆茄子の素、カイトが慌てて電話してきたトマトとレタス。
「がくちゃんがいると帰り楽で嬉しい」
奏はそう言って笑った。がくぽもつられて笑う。
「主、普段は一人で買い物するのか?」
がくぽの問いに奏は首を振るが、すぐにもう一度首を振った。
「よっぽどじゃなければ、誰かと一緒」
ほら、心配されるから。奏は苦笑して、少しだけ眉を寄せた。
「僕だってもう子供じゃないのにね」
「主に重いものを持たせるのが忍びないのではないか」
少なくともがくぽはそう思っている。奏は見ていて心配になるような細身なので、無意識に重いものを持たせたくなくなってしまう。
がくぽの言葉に奏は唇を尖らせると、くるり、と一回転した。ふわふわした髪が一緒に回る。
「まぁ、いいんだけどね」
奏は玄関の前であはは、と笑う。
「僕はあんまり一人で出歩きたくないし」
「……私と一緒は、駄目か?」
無意識に呟いてしまったその言葉に自分でも驚いて、がくぽは慌ててそれを否定する。
「あ、すまない主、今のは忘れて」
「がくちゃんと一緒は」
がくぽの言葉を遮って奏は言った。がくぽはぽかんとして奏を見下ろす。茶色い瞳が細められる。
「とっても楽しいから、大好きだよ」
そのまま家の中に入っていく奏の背中を見つめ、がくぽは目を瞬かせた。
「……がくちゃん?」
奏の不思議そうな声に我に返って、がくぽは家の中に入った。奏はもう靴を脱いでいて、きょとんとした表情でがくぽを見ていた。
「どしたの?」
「何でもない」
がくぽは小さく笑いながらそう言うと、すたすたとリビングに入っていった。
「……がくちゃんてば」
奏は一人笑い声を上げると、ゆっくりリビングに入っていった。
(がくちゃんなんか顔赤いよ?)
(……外が寒かったから)