マスターは夢日記、というのを書いている。目が覚めて、それは夜中でも朝でも、とにかく起きたら。その瞬間に覚えている夢の中身を書き記す。単語でも文章でも、何でも。絵を描いたこともあるよ、マスターは笑っていた。だからマスターの枕元にはたくさんペンがある。目の覚めるあか、僕のあお、夜のくろ、マスターのピンク。あと、小さなビンに入った紫の目。帯人くんの。
読んでもいいよ、と言われたから時々ぱらぱら見ているけれど、マスターは変なことを書いている時がある。マスターに聞くと、困ったような不思議そうな顔をして、忘れちゃった、って言う。
開いた最初のページには、真っ赤な線でただ、「びんがいっぱい」。その前には青で「きらきら、星、あおいいろ」。赤文字の「赤い空が見えた。ぼくの下に」。ぱら。そのままの色で「きいろい」。丸がたくさん描いてあった。黒く殴られた「みたくない」。ぱら。これは緑で「てまねく兄さん。いかないこわい」。また、青い文字。「カイトがわらってた。たのしい」。僕の顔が描いてあった。
マスターの夢に人が出てくるのは、まして家族なんかは、すごく珍しいんだって言っていた。その中でも、笑ってるのは特別。
他のページも、他のノートも見たけど、笑ってるっていう文字はそれ以外どこにもなかった。ただ、僕が来る前のノートらしきものの中に、気になるものはたくさんあった。
見開きに赤でいっぱいの丸。ただの真っ青な線。ぼくはひとりです、っていう黄色。よるはかわいいと黒く。ひつじ。涙のあと。桃色、いかないで。
マスターは多分このノートを見返すことはないと思う。響さんも僕もいない、一人ぼっちの闇が吐き出されたノート。僕はノートの最後のページを見た。そしたら、マスターのきれいな字が長く続いていた。青い字だった。夢じゃない日記みたいだ。

今日、カイトが来た。カイトは全部あおくて、きれい。一人だったから驚いちゃうけど、うれしい。
兄さんありがとう。

その下には僕の顔。
「わらってた。うれしい」。

僕はそのノートをこっそり部屋に持って帰って、時々眺めている。マスターが嬉しそうだから。

最近のマスターのノートは昔みたいになってきた気がする。
「わらってた」「あおいそら、こわいいろ」「ばらばら」「はなばたけ、しろ」「いたい」。丸と線と、涙。
でも何を見ているのか僕が知ることはできない。マスターの夢はマスターのものだから。

マスターは、夢を見ながらよく泣いている。でもそれがノートに残っていることはない。ただ、何か見えたものと、心。転がっていくマスターの心。
夢の中だとマスターは独りぼっちだ。マスターは平気だよ、起きたら皆がいるからねと笑うけれど、僕は夢の中だってマスターには一人になってほしくなかった。こんなのただのエゴ。自己満足。
分かっているのに、また僕はマスターを一人に出来なくてノートを開く。
ちょうど今日のところに、マスターの赤色。泣いているような文字で、びっしり。

ひとり。ぼくだけのせかい。だれもいない。

僕は心臓のあたりをぎゅうっと締め上げられるような気持になって、もちろん僕に心臓なんてないのだけれど、とにかくとても苦しくなって、思わずマスターの部屋を飛び出した。
苦しがっているマスターの心は、僕が覗ける底にはなかった。僕は知っていた。マスターの心は、マスターにだって見えないほど暗くて深くて、一度溺れてしまえばもう浮かべないのだということは。

その中へ、夢の中でもいい、おぼれていきたかった。






日記に書いたのにつけ足したらよくわからなくなった。
かなくんはぶつぎりの夢かフィルムぶちまけられたみたいな夢しか見ません。怖い夢だけはちゃんとした流れて行く夢を見る。