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眠っているマスターの、そのかすかな呼吸音が、僕の鋭敏な聴覚を刺激する。マスターは眠ってから一度も寝返りを打っていない。今日だけのことかもしれないけど。 右側を向いて、少し前かがみになって、すやすやと寝息を立てるマスター。僕はその背中をじっと見つめていた。僕だって眠らないといけないのだけれど、今日は目が冴えてしまって眠れなかった。 マスターの枕元、広げられたままの白いノート。殴り書きされた字が並ぶそこに、マスターの暗い部分が見えている。こと、と、帯人の目玉がこっちを向いた。僕の青と見つめ合う、帯人の紫。 マスターに視線を戻すと、ごろ、と緩慢な動きで寝返りを打ったところだった。手がテーブルに当たって、帯人の目がかつんと落ちた。 僕は立ち上がって、マスターの腕をシーツの中に入れた。額に手を当てると、少し湿った熱。危ないかもしれない、と思った。それでもここでマスターを起こしてしまうと逆効果なので、僕は帯人の目も戻してからベッドの前に座り込んだ。 帯人の目は天井を見上げていた。硬質な光。マスターの部屋には僅かな月明かりも入らないけれど、帯人のそれは鈍い光を反射しているように見えた。 くる、とマスターがうつ伏せになって、ずるりとのびた右腕に引っ張られるようにマスターの頭が浮いた。 がっ、と赤色のペンを持って、マスターがノートに右手をのせる。手元を見ないままにがりがりと何か書いて、そのままぱたりと眠ってしまった。 僕がいることに気づいていないようだった。マスターが書いたところには、いつもより大分ひどい字が書かれていた。 (し、た、い……死体?肢体?) それとも願望だろうか。でも赤色で書いてあるということは、やっぱり死体なんだろう。 もう一度マスターの額に手を当てると、先ほどより少し熱くなっていた。僕はそこから手を離して、マスターの髪を撫でた。ぎち、とマスターが両手を握りしめた。 「……」 僕は物音を立てないようにベッドの縁に腰掛ける。うつ伏せのマスターの背中がゆっくり上下している。それを眺める。 どうしてマスターは、どんなに楽しくても影に付きまとわれているんだろう。 家族がいないから、それは正しいかもしれない。でも響さんはいてもいなくても一緒だと言う。それから決まって、俺も奏にとってはそんなものだよ、と言う。 マスターにとっての家族って、何だろう。 飽きもしないでマスターの背中を眺めていたら、どうやら瞬きするのを忘れていたらしい。ぱき、と硬い音がした。本当は瞬きなんかしなくてもいいようにできているのだけれど。 苦しい悲しい寂しい怖い。マスターはそのどれだって言えない。だから、マスターが見ている全ての夢は、その心なんだ。 夢は深層心理の表れとはよく言ったものだ。 僕は懸命に眠るマスターの隣に横になって、柔らかい髪をゆっくり撫でた。マスターは相変わらず起きない。時々眉を寄せる。 外は白く染まり始めている。朝が来る。僕はマスターの髪を撫でたまま、瞬きも忘れてマスターを見ていた。 (マスター、どうか苦しまないで)(僕は何もできないけど) |