奏がこの世で目を覚ました瞬間、世界はひどく簡単に色を失った。目を開けた、幼い奏のその瞳に愛情は映らなかった。
そのまま育っていく奏の目に、いまだそれは映らない。

「マスター朝ですよー」
部屋の扉を開けて控え目な声を出すと、すぐに小さく返答があった。部屋の隅に鎮座するダブルベッドから奏が身体を起こす。今日は一人。
奏は大きくのびをして、それからくるりと振り返った。
「おはよ、カイト」
「はいっ、おはようございます」
カイトが笑みを浮かべると、奏は少し首を傾げた。それから制服に着替え始める。カイトはその間に一階に戻って奏を待つ。
足音は階段を下りてきて洗面所に向かう。その間に朝食を準備して、カイトはちらりと洗面所の方を窺った。今日はあまり顔色がよくなかったから心配なのだ。
「大丈夫かなぁ……」
「大丈夫だろう、主のことだ」
カイトと同じように早起きしていたがくぽが呟く。彼は彼で奏の身を案じているのだが、いかんせんカイトとは合い入れなかった。
カイトは唇を尖らせてがくぽを見て、そのまま黙ってテーブルに皿を置いた。
「がくちゃん、おはよう」
ネクタイを結びながらやってきた奏にがくぽは頭を下げる。
「おはよう主。よく眠れたか?」
「うん、おかげさまで」
奏はそう言うと椅子に座り、行儀よく手を合わせていただきます、と言った。

奏が学校に行ってしまってから、カイトは何をするでもなくぼんやりとしていた。がくぽは奏の部屋で頼まれた用事をこなしているらしい。
リンとレンはテレビを見ながらはしゃいでいる。

愛ってなんだろうね。
まだカイトと奏しかいなかった夜に、カイトは奏にそう問われた。カイトは答えられなかった。
奏は寂しそうな顔で、うっすらと笑った。
知らないか。大丈夫、そのうちわかるよきっと。
そう言って頭を撫でてくれた奏の手が、カイトにとっての愛情になった。

恋は下心、愛は真心。これも奏がカイトに教えたことだ。恋は盲目で、あこがれで、願望。
「好き」
奏はぽつりと呟いて、それっきりだった。寒い夜だった。ベッドの中の体温が、ちゃくちゃくと夜に奪われるような日だった。
カイトは少し戸惑った。カイトの中にあるのはマスターという存在への絶対的な依存心だ。愛情とはき違えられそうなほど強い気持ち。でもこれは盲目以外の何ものでもない。
だとしたら、これは、恋?
ぐ、と奏が首を上げた。カーテンの向こうが白んでいる。あ、また徹夜、と楽しそうに呟いて、奏はカイトを見た。
「なんか歌って」
「え?」
カイトはぽかんとして奏を見た。奏は笑った。
「なんでもいいよ。僕が教えたのなんでも」
カイトはよくわからないままに頷いて、口を開いた。

つたないこいのうた。






わけわからん……。