おいしそうですね、と呟いた僕の声に、マスターは食べかけの夕ご飯から顔を上げた。黙々と食料を咀嚼するマスターの様子は、小動物か何かのようだった。
「カイトはさっき食べたんじゃないの?」
きょとんとするマスターに僕は頷く。僕はマスターがテレビを見ている間に夕食を済ませていた。マスターもそれを知っている。
マスターは多分気付いているんじゃないんだろうか。僕がいったい何を見ておいしそう、と言ったのか。
僕は立ち上がってマスターの横に立った。マスターはもうご飯を食べる気が無いようで、箸がきちんと揃えられていた。
マスターの頬に触れた僕の手は、少しだけ震えていた。おかしい。作り物の僕が、動揺しているなんて。
「ねぇマスター」
なぁに、とマスターが言った。僕はそのぷにぷにした頬をじいっと見つめていた。

「たべてもいいですか」

最初からずっと思っていた。マスターがご飯を食べているのを見て、そのマスターに食欲を覚えたことだって何度もある。
「ねぇ」
マスターが声を出した。歌うような声だった。
「それでカイトは満足するの?」
笑ったマスターに、僕は何も言えなくなった。例え僕がマスターを食べたとして、それで何かが生まれるなんて有り得ない。
「マスター」
マスターはくすくす笑った。それからゆっくり、僕の手に触れた。
「おいしそう、です」
僕の口から零れたのはそんな言葉。マスターはべろりと僕の手を舐めた。驚いて手を引く僕に、マスターは肩をすくめる。
「カイトもおいしそうなのに」
がたん、とマスターが立ち上がった。はずみで僕はよろめいた。
「マスター、マスター、マスター」
抱きしめたマスターの身体は細くて、全然柔らかくなかった。それでもとても、おいしそうだった。
「まだ駄目だよ」
マスターの声がした。


あの時の僕はどうかしていた。後でマスターにそう言ったら、マスターはあの時と同じように笑って言った。
「でも今なら分かるよ」
ベッドで二人、向かい合って抱き合いながらマスターは言う。
「ねぇカイト、僕はおいしそう?」
僕の胸に顔を押しつけてマスターは聞いた。齧ったことがある今ならはっきり言える。僕はマスターの髪に口付けしながら呟いた。

「はい、とってもおいしかったです」