ごーん、ごーん。
遠くで聞こえる鐘の音に、マスターは少しだけ笑った。
僕とマスターの周りの海は透明な青色で、ゆらゆらしていた。きれいな海の中、僕とマスターは手を繋いで漂っている。
「きれいだね、カイト」
「そうですね」
こぽ、とマスターの口からだけ零れた泡が暗闇に消えて行った。
つうっと目の前を横切った魚が、苦しそうに悶えて泡になる。
マスターは悲しそうな顔をして僕の頬を撫でる。泡になった魚が可哀相なのか、それとも僕たち以外を受け入れない海が嫌いなのか、僕には分からなかった。
「可哀相です」
「ううん」
首を振ったマスターが、一瞬だけぎゅっと眉を寄せた。
「ここ、多分僕たちしかいられないんだ」
「きれいなのにですか?」
「きれいだから」
マスターは悲しそうだった。僕は繋いだ手を解いて、マスターを抱きしめた。
海は青い。青くて透き通っていて、生き物の影は何も見えなかった。怖かった。
マスターの唇から大きな泡が出た。
苦しそうな音を立てる泡とは反対に、マスターの顔はとても穏やかだった。
「ここには僕とカイトだけ。でも、きれいだから幸せだね」
音が無くなる。マスターの声が聞こえなくなる。
繋いだ手はそのままに、僕だけが海面に浮かんでいく。
海中のマスターは、にっこりと笑みを浮かべたまま、緩やかに沈んでいく。
その後ろから、色とりどりの綺麗な魚が踊り出てきた。
マスターの周りをくるくると楽しそうに回って、それから僕の方に向かって泳いでくる。
反対にマスターは沈んでいく。楽しそうな笑みを残して。
「マスター!」
マスターの笑顔と引き換えにして、海が生まれていくような気がした。
「マスターの、海」
僕はマスターに手を伸ばす。繋がった手はとうに離れていた。
指先がかすったと思ったら、ふわりと夢が終わった。

起きてこないカイトを心配して部屋に行くと、カイトはすやすやと寝息を立てていた。
きっちりと同じ時間に起きるカイトにしては珍しいその姿を見て、奏はきょとんと目を丸くする。
「カイト?」
どうして起きていないんだろう。
「ねぇ」
奏はカイトの肩に手を置いた。カイトはまだ起きない。
「カイト」
「……ん」
ぱちりと音がしそうなほど勢いよく目を開けたカイトが、奏を見て慌てて起き上がった。
「ま、マスター?」
「やっと起きたね」
奏は苦笑した。カイトは照れ笑いを浮かべる。
「ごめんなさいマスター」
「大丈夫」
笑った奏が、部屋を出る瞬間に小さく呟いた。

「命は皆、海から産まれたよ」