どうして、わかってもらえないんだろう。
僕はマスターが心配だから、こうやっていつも気にかけているというのに、当のマスターはそんなことをこれっぽっちもわかってくれない。
僕がどんなに心を砕いてマスターに優しくして大切にしても、マスターは突然癇癪を起して泣き出すし、僕に心なんてあるはずがないと泣き叫ぶ。
奏は不安定なんだ、ごめんな。と響さんは申し訳なさそうに言うけれど、僕はそういうことは気にしなかった。マスターに言いようのない愛情を覚えていたのは事実だったからだ。
でもよく理解できないことで突然怒ったり泣いたり傷つけたりするから、僕の思考はいちいちそれで止まってしまう。
それを見てマスターはまた暴れる。マスターは、僕が機械だということを認めたくないのかもしれない。
響さんのそばで癇癪を起したマスターに向かって、響さんは少しだけ困った顔をしたあと、静かにマスターの頭を撫でた。マスターはぎゃあぎゃあと泣いていた。
「うあああ、うう、にい、さ」
直後に、マスターはばっと顔を上げて僕を見た。
「青い色は怖いから消えて!!」
「奏!」
響さんが、ぱん、とマスターの頬を叩いた。僕は驚いた。響さんが、あんなに可愛がっているマスターに手を上げるなんて。
それはマスターも一緒みたいだった。狂ったような声がぴたりと止んで、大泣きしたままの顔が響さんを見た。
「カイトにそんなこと言っちゃ駄目だ。カイトは奏と一緒にいてくれるのに」
響さんの表情は消えていた。いつもの温和な、優しい顔がなかった。僕はそのとき初めて、響さんの本当の顔を見た気がした。
マスターは響さんの手を振り払って、床に座り込んで頭を抱えた。僕が近づこうとすると、無表情の響さんがそれを制した。
「わからない、どうしてカイトは僕の隣にいるの?僕は大切にされたことなんかないのにどうして出来るの!青い色じゃ、なくても、カイトが怖い!」
フローリングの上に、透明な水がぼたぼたと落ちた。マスターはまた泣いていた。本当によく泣く人だ。
「兄さんは僕の家族だけど、だから優しくするのわかるけど!カイトは、カイトは僕の家族なの?だから、優しいの?」
「奏」
響さんが、ふっと笑った。
「カイトは家族だよ。奏の、家族」
マスターが頭を振った。響さんが膝をつく。マスターの肩に手を置いた。
「大丈夫。俺は、奏のことわかるから」
そう言うと響さんは自分のマンションに帰っていった。あとには僕と、ぐずぐずとフローリングに水を零しているマスター。
「……お腹空きませんか、マスター」
僕がかけた声に、マスターは恐る恐る顔を上げた。怖がっているような目で僕を見て、それからゆっくり手を伸ばしてきた。僕がその手を握ると、マスターはびくっとした。
「カイト?」
「はい」
「青い色だね」
「最初から、そうですよ」
「僕のこと、いつから心配してくれたの?」
「最初から、ずっとですよ」
そこでようやく、マスターはふにゃっと笑った。今まで見たことのない笑みだった。
「カイトは、僕の家族なんだね」
「そうですよ、マスター」
マスターは立ち上がって乱暴に頬を拭って、それから照れくさそうに頷いた。
「お腹、空いちゃった」
「ご飯にしましょう。何が食べたいですか?」
僕はマスターの両手を握って、涙目を覗き込んだ。
「あのね、オムレツ。とろとろのがいいな」
「じゃあ、ちょっと待ってて下さいね」
僕は急いでご飯を作った。その間マスターはぼうっと僕を見ていた。にこにこしていた。
僕が作ったオムレツはマスターのお願い通りにはならなかったけれど、マスターは嬉しそうに食べてくれた。
「うん」
マスターはにっこりと笑った。
「おいしい、ありがとう」


このとき僕とマスターは、初めてちゃんと"家族"になった。