雪が降るのは、ここではそう珍しいことではない。
雪国ほどは降らないけれど都心よりは降るくらいの降雪量。
奏は毎年冬を楽しみにしている。
カイトの肩にもたれながら降り積もる雪を見ているのは好きだったし、カイトが優しく沈黙してくれているのも好きだった。
ここ数年は随分と賑やかになっているけれど、それはそれで好きだった。
「寒くないですか、マスター」
カイトの声に目を開けると見慣れた青い色がこちらを見ていた。奏は頷いて窓の外に視線を向ける。リンとレンがはしゃいでいるのが見えた。それをがくぽが眺めている。
「たくさん降った?」
「主が寝る前よりはそれなりに積もったな」
がくぽの答えに奏が笑う。外に出ますかというカイトの問いに奏は首を振った。リンとレンの頬の色を見る限り外は相当寒いようで、寒さを感じるのはどうにも億劫だった。
カイトは小さく笑みを零すと立ち上がってキッチンに入る。奏はその背を見送りながら欠伸をした。リンが窓の外で元気に手を振っている。
奏は立ち上がると窓を少し開けた。リンが駆け寄ってくる。
「マスター起きた!見て、すごいよ!」
「本当だ、すごいね……寒くない?」
白い息が灰色の空に溶けていく。リンはぶんぶんと首を振って笑う。頬が真っ赤だ。レンを見ると同じように真っ赤な頬をして空を見上げている。
「平気だよ、すごく楽しいから」
「でもほっぺが真っ赤だよ」
リンの頬に手を当てるとひんやりとしていた。随分長い事遊んでいたらしい。
「レンは寒くない?」
「俺は大丈夫だけど」
近づいてきたレンがおもむろに奏の手を取る。お互いに冷たい。
「マスターは窓閉めて。俺ももう中に入るから」
「えー」
リンが不満げに口を尖らせるのを見てレンが肩を竦める。
「もういいだろリン」
「ええー……」
まだ不満そうなリンに声をかけたのはカイトだった。
「ココア作ったから、お家に入っておいで」
それを聞いてぱたぱたと玄関に駆けていくリンの背にレンが溜息をついた。呆れているその顔に奏が噴き出す。
「レンもおいで」
「うん」
寒そうに首を竦めながら玄関に向かうレンを見送る奏の横から手が伸びて窓が閉められる。振り返るとがくぽが少し不機嫌そうな顔をしていた。
「風邪を引いたらどうする、主」
「このくらいなら大丈夫だよ、がくちゃん」
ソファに座る奏の冷え切った手をがくぽがそっと握る。奏は笑いながらその手を握り返す。
カイトがトレイにマグカップをのせてやってきた。手を繋いでいる二人を見て笑みを浮かべる。
「マスター、どうぞ」
「ありがとう、カイト」
カイトはがくぽにもマグカップを渡す。カイトとがくぽはココアを飲まないので、マグカップの中身はコーヒーだった。そのときリンとレンがぱたぱたと室内に飛び込んできた。
「ココア!」
「リン、とりあえず手を洗っておいでよ」
奏が笑いながら言うとリンはレンの手を引っ張って洗面所に行った。カイトはトレイをテーブルに置いてがくぽとは反対の奏の隣に座る。ココアに息を吹きかけている奏を微笑ましく見つめながらカイトもまたマグカップに口をつけた。
「ちょっと甘すぎましたか?」
「僕はこのくらいでちょうどいいなー」
コーヒーの苦いにおいに挟まれてココアの甘いにおいがする。カイトは砂糖をたくさん入れたコーヒーを飲みながら、同じように甘いものを飲んでいるはずなのににおいは全く違うのだなと益体のないことを考えた。
奏はココアのように甘い。性格も何もかも甘い。初めて会ったときから何も変わらずに、常に幸福と不幸の間を彷徨っている。
対してカイトはといえば、初めの頃はただ盲目的に奏を愛して幸福ばかりを感じていたのに、家族が増えてからは苦い気持ちを覚えて知らないうちに唇を噛むことが増えた。
世の中は意外と理不尽で不平等だということをカイトはつくづく実感している。
カイトがぼんやりしているうちにリンとレンが戻ってきて、ココアを飲みながら幸せそうに笑っている。奏に雪遊びの内容を事細かに話しては笑い、奏に問い返されて目を輝かせる。
昔の自分を見ているようだ。奏の言うこと、一挙手一投足全てが好きで大切な頃。自分のあらゆる行動を知ってほしくて些細なことでも話した頃。
一途にマスターを慕う気持ちだけがあった頃。
ちらりとがくぽを窺うとだいたい同じことを考えていたらしく目が合った。苦笑を零すと肩を竦められる。
「今度はマスターも一緒に雪遊びしようね!」
「うん、いいよ。でも雪合戦はしないからね」
「どうして?」
きょとんとするリンを見ながらカイトは小さく呟いた。
「マスター、雪玉飛ばせないよ」
奏に聞こえていたらしくむっとした顔が振り返る。カイトは笑いをこらえながら首を振る。
「ごめんなさい、マスター。悪気はないんです」
「絶対あるよ」
そっぽを向いた奏の背にもう一度苦笑しながらカイトはぬるくなったコーヒーを喉に流し込んだ。