かっかっかっかっ。
秒針が規則正しく歩いていく様を眺めていたレンは、ふと視線を奏に向けた。奏はひどく死にそうな顔をして、どことも知れない虚空を見ていた。マスターが空気と見つめ合うのはそう珍しいことじゃない。
ただそれを見ている身には不愉快以外の何物でもないというだけだ。奏がそうしている時の顔はもうひどいもので、青ざめた頬に硝子のような茶色い目だけを開いて微動だにしない。普段の可愛らしく人間身のある姿とは大違いだ。
かっかっかっかっ。
秒針がまた進んだ。先程からここにはこの足音しか聞こえない。止まらない。
奏の目がくるりと動いた。二、三度瞬きをして、レンの青を捉える。
思わず目を背けたレンの頬に奏の笑い声が刺さる。それでもレンは奏の顔を見ることが出来ない。この奏のことが嫌いなのだ。
奏はキッチンへと消えたようだった。レンは胸を撫で下ろしてキッチンを見遣る。奏の声は聞こえないが、耳にこびりついた笑い声が反響した。
ぺたり、と裸足が床を踏む音。レンが思わず身を竦めると、キッチンからふわりとした髪が現れた。
「うん?」
奏は疑問符を発するとレンに近づいてきた。いつものように柔らかい光の目がレンを見る。レンはそれにひそかに安堵する。
「レン、ずっとそこにいてくれたの」
「………邪魔だった?」
奏は首を振った。嬉しそうに笑う顔にレンは唇を噛む。
「ありがとう」
「……別に」
レンは素直じゃないなぁ、と奏の声がした。苦笑いがレンの耳に残っていた音を払っていく。
何を見ているのかレンは知らない。きっと一生分からないままだ。構わないけれど。
レンが俯いていると、奏の手が緩やかに下りてきた。レンの髪を掬っていく。
「マスター」
ちゅ、とレンの額に奏の温い熱が触れた。キスされたと理解した瞬間、がっと頬に熱が集まる。そのまま奏を見上げると、けろっとした顔の奏とぶつかった。
「まっ、ま、まま」
「お礼、かな」
そう言って背を向けた奏を呆然と見送って、我に帰ったレンは眉間にしわを寄せて立ち上がった。

「マスター!」

腕を掴んで、振り返った奏のその、ぽかんとした顔に口づけた。


(俺からもしたいんだよ!)