赤いつつじが固まって、ごろりごろりとその辺りに広がっている。気味が悪い。
奏は一つ咳をして、それから傘を持ち直した。ざあざあと、傘を雨が叩いている。
傘の骨の先から垂れた雫が制服の袖に落ちる。僅かな冷たさに微かに眉をしかめると、胃の辺りが鈍く痛んだ。
一緒に帰っていた友達とは既に別れていた。後は家に帰るだけ。
それなのにどうしてこうも歩みが進まないのか、奏には全く分からなかった。
つつじの塊をぼんやり眺める。視界がけぶる大雨に足元はずぶ濡れだったが、奏は気にせず水たまりに足を踏み入れた。冷えた足に更に冷たさが襲う。
見えたのは黄色。無論、つつじの色ではない。
「レン」
「遅いから、迎えに行こうとしたんだ」
髪と同じ色の黄色の傘を差したレンが、困った顔で奏を見た。
「マスター、どうしてそんなにずぶ濡れなの」
「どうしてだろう」
首を傾げる奏に肩をすくめ、レンは奏の手を引いた。気温が下がっているからなのかひんやりと冷たい。このままここにいたら風邪を引いてしまうかもしれない。
「帰ろう」
「うん」
奏は水を蹴って歩き出した。レンはその手を引いて、先に立って歩く。
繋いだ手があっという間に雨に洗われる。奏はレンの手を握り返した。
「レン、あったかいね」
「マスターが冷たいからだよ」
玄関をくぐると、タオルを持ったカイトが立っていた。
「濡れてますね」
「うん」
「お風呂入ってください。風邪引いちゃいます」
「うん」
奏は傘を畳むと玄関に置いて、ずぶ濡れのまま廊下を通っていった。レンは腕を拭きながらそれを見送る。カイトはレンからタオルを受け取ると、レンもお風呂入りなよ、と言った。

ぐーっ、と奏が両腕を伸ばす。湯気に混じって、大きなため息が空に溶ける。
「あー……気持ちいい」
そのまま湯船に沈むと、レンが咎める声が水越しに聞こえた。
「マスター、溺れるよ」
浮き上がって顔を出してレンを見ると、じとっとした目でこちらを見ていた。
「ひどいなぁレン。大丈夫だよ」
「マスターは俺たちの心配の斜め上をいっちゃうから、気が気じゃないよ……」
「そう?」
濡れそぼった髪を手で梳いた奏が湯船から出る。
「髪、ちゃんと拭きなよ」
「うん」
奏が出ていった浴室でレンは黙々と身体を洗う。滑り落ちた泡がタイルにべしゃりと残る。
雨はますますひどくなっているようで、屋根を叩く轟音が家を包んでいる。奏が楽しそうなのは、きっと天気が悪いからだ。
明日が休みで良かったとレンは思う。傘を差していたにも関わらず奏はぐしょ濡れだったので、制服が乾ききるかどうか怪しかった。
カイトが慌てて乾燥機をかけていたので問題はなさそうだが。
レンが風呂から出てリビングに行くと、奏が手招きした。
濡れた髪を拭きながら近づいていくと奏はにこにこ笑いながら自分の膝を叩いた。
「……は?」
「髪乾かしてあげる」
奏の申し出に先に反応したのはリンだった。
「マスターずるいー!レンばっかりずるいー!」
「そのうちね」
リンの頭を撫でた奏はレンをじーっと見る。根負けしたレンが大人しく膝に座ると、リンの恨めしそうな視線が突き刺さった。
奏の忍び笑いが聞こえる。やはり雨だからか相当機嫌がいいようだ。
「今日、つつじがいっぱい咲いてたよ」
「赤くて綺麗だったね」
「可愛かったね」
ふふっ、と奏は笑う。その様子を見てカイトが穏やかに笑う。
「良かったですね、マスター」
「うん。レンが迎えに来てくれたのも、すごく嬉しかった」
レンは奏の膝の上で身を縮こまらせる。リンが恨めしげな顔から一変してにやにやしている。
「レン照れちゃって、かーわいい」
「リンはどこからそんな言葉覚えてくるの?」
「テレビ!」
リンはきゃらきゃらと楽しそうに笑う。
「雨早く止むといいね、マスター。雷鳴っちゃうとやだもん」
「そうだね。雷は僕も困るな」
奏はレンの髪を丁寧に乾かす。指が絡んで優しく通り抜けていく。
テレビはひたすら大雨に気をつけるようにと繰り返している。奏はそれを見て小さく笑った。
レンは一際大きく鳴った雨の音に耳を澄ませながら、あのつつじたちは残らず落ちてしまっただろうかと思いを馳せた。