レンが目を覚ますと、隣の奏はまだ起きていなかった。うつ伏せで寝ているので顔は見えない。レンは目を擦って意識をはっきりさせるとベッドから降りた。
時計は朝の7時を指している。今日は平日なので奏はそろそろ起きる時間だった。
「マスター、朝だよ」
「ん」
小さな声が聞こえたが起きようとする気配がない。レンは何の気なしに奏の頭を撫でた。奏が肩を震わせるのが見えた。
「7時だよ?」
「……起きる……」
奏は起き上がって目を擦った。レンは撫でていた手を離す。
「おはようマスター、今日は雨だね」
「雨は好きじゃないなぁ」
寝巻を脱ぎながら奏は呟く。レンはカーテンを開けた。曇天で暗い空が見えた。雨の音がする。
「学校楽しくない?」
「楽しいとかそんなの、あんまり考えたことないな」
制服を着た奏が苦笑した。レンも着替えを済ませて奏を見る。
「マスター、ネクタイ結んであげるよ」
「お願い」
奏の制服のネクタイを結んでレンは奏の肩を叩く。
「がんばってね、マスター」
「レンにそう言われたらがんばらないとね」
ぐっと拳を握りしめて笑いながら奏とレンは階下に行った。
「おはようございますマスター」
「おはよ」
カイトがにこにこ笑っているのに笑い返して奏は洗面所に消える。レンはカイトの隣に立った。
「雨だから、あんまりやる気ないみたいだよ」
「それは困るね」
カイトは苦笑した。その笑い方は奏に少し似ていた。
「学校が終わるまでに雨が止めばいいんだけど」
「止まなかったら迎えに行くよ」
「お願いしようかな」
レンの言葉に奏が答えた。カイトが笑いながら奏の髪に手を入れる。
「寝ぐせ、なおってないです」
「カイトがなおして」
撫でられた奏が首を竦める。レンは奏の分の朝食をテーブルに置いた。
「マスター、遅刻しちゃうよ」
「あ、そうだね。ありがとうレン」
奏が朝食を食べているのをレンは黙って見ていた。奏は食事中一言も喋らない。無表情だ。
「ごちそうさま」
無表情から僅かに笑って奏は手を合わせた。レンもなんとなくそれに倣って手を合わせた。
「マスター、今日は何時に帰ってくるの」
何となく聞いてみると奏は首を振った。分からないと呟く。
「あ、レン迎えに来てよ」
「は?何言ってるのマスター……ってああもう」
洗面所に行ってしまった奏にレンはため息をついた。話を全く聞いていない。
「迎えにいってあげたらどうかな」
カイトの言葉にレンはしぶしぶ頷いた。ちょうどその時奏が姿を見せた。
「マスター、迎えに行くから連絡してね」
ぶっきらぼうなレンの声に奏はにこにこと笑いながら頷いた。


奏から連絡があって、レンは奏の高校に向かった。雨はまだ少し降っていた。
門の前で待っているとよく見知った顔とともに奏が出てきた。レンを見つけて顔を輝かせる。
「おかえりマスター」
笑いながら言うと奏はとても嬉しそうな顔をした。
「奏くん、また明日ね」
一緒に歩いてきたうちの一人がそう言って手を振って、奏を残して歩いていった。奏はその背中に手を振る。
「帰ろう」
奏と連れ立って歩くレンに高校生がちらちらと視線を向ける。珍しいのだろう。
あまり雨は降っていないのに奏は傘を差していた。顔を隠している。
「迎えに来てくれてありがとう」
「マスターが言ったんだろ」
レンが奏の願いを受けなかったとしても別に奏は怒らないだろう。ただ少し諦めたように笑うだけだ。
これがカイトやがくぽだったらまた違う反応を見せるはずだが。
「俺が大人だったらマスターはこんなあっさりしたリアクションしないよね」
「……そうかな」
反応に困りかねている声だった。レンはそれ以上特に何も言わなかった。
もしもレンが成人男性を模していたら奏はこんな風に空虚ではなかったのかもしれない。レンはカイトがどのような仕打ちを受けていたか知っていたが、決して自分はあのようにはならないという確信があった。
自分だったら、カイトとも、がくぽとも違う方法で奏と一緒にいる。奏を外に出したい。
「マスター、俺、これからも迎えに行こうか」
「ありがとう」
声しか聞こえなかったが奏は嬉しそうだった。レンは小さく笑う。
「……俺、決めた」
「ん?」
傘が動いて奏の顔が見えた。期待に満ちた眼差し。
「俺のやりたいように、マスターと一緒にいる」
奏は驚いたようだった。慌てた動きで顔を隠す。
レンは傘を持った奏の手を握った。びくりと肩が震えた。
「大好きだよ、マスター」
誰にも出来ない、誰とも違う愛し方をしよう。レンは密かにそう思った。
雨は止んでいた。