奏は夕食の席について、違和感を覚えてリンを見た。
リンはそんな奏の視線に気づくことなく、彼女の皿に盛られたにんじんと見つめ合っていた。
「……ねぇ、レン」
奏は先に席を立っていたレンを呼ぶ。レンはリンをちらりと見ると、小さな声で囁いた。
「カイトが食べないとだめだって」
奏は苦笑してカイトの方を見た。そう言ったカイトもまた、皿の上のグリーンピースと見つめ合っている。
レンは肩を竦めると奏を見下ろした。
「マスター、俺、今日皿洗いなんだ」
レンの言葉に頷いて、奏は箸を持つ。今日はハンバーグで、付け合わせがリンとカイトの嫌いなもの。その二人をちらちら見ながら奏が食事を終えると、カイトが恨めしげな顔で奏を見た。
「マスター……」
「カイト兄さん、私には食べなきゃだめって言ったのに自分だって食べれないじゃん!」
マスターに助けてもらおうったってだめなんだから!とリンがぴしゃりと言うと、カイトはすごすご引き下がった。なんとも、年長者の威厳の感じられない姿だ。
「リン、お前も早く食べろよ……」
呆れ顔のレンにリンは頬を膨らませる。手にしたフォークでにんじんを刺してはいるものの、それを口に運ぶことはできないようだった。カイトも似たようなものだ。
「がくちゃんはちゃんと食べるのにねぇ……」
奏の呟きに、二人はますます恨めしげな顔になる。奏はレンを見上げると、立ち上がってカイトの前に立った。
「カイト、目閉じて鼻つまんで」
「え?は、はい」
カイトが言われるままにそうすると、奏はグリーンピースをカイトの口に放り込んだ。
「そのまま噛んで飲んで」
カイトがそれを飲み込んだのを確認すると、奏は冷凍庫からアイスを取り出した。目をぱちぱちさせるカイトの額にぺたりと当てる。
「よくできました。はいご褒美」
「やったぁ!マスター、ありがとうございます」
嬉しそうに笑うカイトに笑い返して、奏はリンを振り返る。リンは相変わらずにんじんとのにらめっこを続けていた。
「リン」
「むー……」
不貞腐れたように唇を尖らせるリンの頭を撫でて、奏はリンの手からフォークを取った。不思議そうな顔をするリンの眼前に、それが向けられる。
「あーん」
「へ!?」
戸惑うリンと同じようにレンもぽかんとしていた。カイトはアイスに夢中で気づいていない。
「こうしたらどうかなーと思ったんだけど」
奏が首を傾げる。食べられない?とでも言いたげなその顔に、リンは覚悟を決めた。こんな優しいマスターを悲しませるわけには、とよくわからない使命感が湧く。
「食べる!」
リンがそう言うと奏が嬉しそうに笑った。ああもう、マスター反則!
リンは心の中でそう叫ぶと、目を閉じてにんじんに噛みついた。奏が笑う声が聞こえる。
なるべく急いで飲み込むとリンは目を開けた。奏が笑っている。
「よくできました」
奏はリンの頭を撫でると冷蔵庫に向かった。しばらくごそごそしていた奏が戻ってくると、その手にはオレンジゼリー。
「はいご褒美」
「やったーぁ!」
リンは奏に飛びついた。奏はリンを受け止めて笑う。
「がんばったもんね!」
「マスターありがとー!」
リンは嬉しそうにゼリーを口に運んでいる。奏はそれを楽しそうに眺めていた。


「そういえばマスター」
テレビを見ながらリンが奏に声をかけた。奏は読んでいた本から目を上げてリンを見る。
「マスターは嫌いなものないの?」
「あるよー」
即答した奏にリンはきょとんとする。
カイトが苦笑しながらリンに言った。
「マスター、好き嫌い多いんだよ」
「そうなの?」
リンだけでなくレンやがくぽもきょとんとする。
奏だけが困ったように笑って、カイトに向かって指を立てた。内緒、のしぐさ。
カイトは首を竦め、それ以上何も言わなかった。
「マスター教えてよー」
「やだ教えない」
追いすがるリンを笑顔でかわすと、奏はリンの額をこつんとつついた。
「リンが一人でにんじん食べられたら教えてあげる」
「あー!マスターずるい!」
そのままきゃいきゃいと追いかけっこを始めた二人を呆れたような目で見ながら、レンはカイトを見た。
「そんなに多いの?」
カイトは小さく笑いながら囁いた。


「ほとんど、ぜーんぶ」