マスターがすやすや眠っている横で、私は何だか目が冴えてしまって眠れないでいた。マスターと私の間にはちょうど腕二本分くらいの隙間がある。
私が女の子だからマスターは気を遣っているんだってことは何となく分かっていた。よく考えたらマスターのとても近くにいる女の子は私だけだ。
だから多分、私の推測だけど、マスターは女の子とどう接したらいいのか分からないんじゃないかな。学校には女の子もいると思うけど、マスターはきっとその中の誰とも話さない。
女の子が嫌いなんじゃないと思う。マスターは私に似合う服を買うのにも全然嫌そうな顔をしないから。
かと言って女の子が好きでも私はちょっと複雑。私はボーカロイドで人間じゃないし、マスターと一緒に年を取ることもできないし。
マスター、女の子が好きなのかなぁ。私も女の子だけど。
一緒に住んで結構経つけどマスターは大人になったと思う。背はあんまり伸びてないけど雰囲気が大人になったような気がする。
でも優しいところとか私を子ども扱いするところとかは全然変わらなかった。
「あのねマスター、私だって子供じゃないんだからね」
ぼそりと呟くとマスターが身動きした。起こしちゃったかと思って慌てて息をひそめたけどマスターは寝返りを打っただけだった。
目の前にある背中の背骨のところに手を伸ばす。パジャマの上からでも分かるくらいに浮いた骨。マスターは本当に全然太らない。
あんまり痩せてほしくないんだけど無理なんだろうな。マスターご飯食べるの大変そうだから。
私はマスターの方に近づいて背中におでこをぶつけた。マスターの呼吸に合わせて背中が上下する。
今日は怖い夢を見ていないみたいだからこれなら朝までゆっくり眠れるはず。
女の子と男の子は同じベッドで寝ないものだってテレビで言ってた。一緒に寝るのは恋人とかだって。
私はマスターの恋人じゃないけど一緒に寝てる。私がマスターと一緒に寝たいから。マスターが好きだから。
さすがに一緒にお風呂に入るのはだめって言われたけど、マスターは私と一緒に寝てても何とも思わないのかな。カイト兄さんやがくちゃんと一緒に寝てるときみたいにくっつかないけど、私が女の子だからかな。
考えれば考えるほど頭の中はぐるぐるしてきて、私は小さくため息をついた。マスターは私のぐるぐるも知らないで気持ちよさそうに眠っている。
マスターの背中にぴったりくっついてみる。マスターの心臓の音がする。
「……リン?」
マスターの呼吸が止まったと思ったらそう声がして、私はびっくりしてマスターから離れた。マスターはゆっくりこっちを向いた。眠そうな顔をしている。
「ごめんねマスター、起こしちゃった」
「ん……いいや。寒い?」
私は首を振った。ふかふかの布団は部屋の寒さを感じさせない。マスターはゆっくりまばたきをした。
「どうしたの?何かあった?」
家からあんまり出ない私に何か特別なことがあるわけじゃないのに、マスターは昼間に何かがあって私がこういうことをしたんだと思っているみたいだった。
マスターは優しく眠そうに私の髪を撫でてくれる。私は首を振る。
「なんにもない」
「……そう。おやすみ、リン」
「おやすみなさい」
マスターは少し考えるような顔をしたあと私をぎゅっと抱きしめた。そのまま眠ってしまったマスターの腕の中で私は目を白黒させる。
してみたいとは思っていたけど、実際してみるとものすごく恥ずかしかった。マスターの寝息とかシャンプーのにおいとかがして、マスターがすごく近くて私は思わず息を止めた。
マスターの腕は細いけど私みたいな柔らかさはなくて、思ったより骨が張っていて、男の人の腕だった。あと力が強かった。
私の動揺も知らないでマスターはすやすや寝ている。やっぱり気持ちよさそうだった。
マスターが幸せそうならなんでもいいやと私は思った。心臓みたいなところが今にも飛び出しそうだけどマスターが幸せそうに寝ているからそれでいいや。
静かなマスターの心臓の音と違って私のそこはばくばくと音がしそうなほどうるさかった。眠れそうにない。
「ぜ、全部全部マスターのせいなんだからね」
こんなにマスターのことが好きなのも、人間の女の子に不安になるのも、全部全部マスターのせいだ。私はそうやって責任転嫁をするとマスターをぎゅっと抱きしめ返して目を閉じた。