奏 という存在がはじめて世に生まれたのは、俺がまだ3歳の時だった。当時、母親が出産のために入院していた時、俺は父親と二人でそわそわと生活していたものだった。父親は、現代そう珍しくもないのだろう、家事全般が得意という人間だったので、母親のいないことへの寂しさはあれど不便さは微塵もなかった。
ただその時には既に随分と羽振りのよくなっていた我が家で、たとえ少しの間とはいえ仕事が出来ないというのは少なからず問題だったのではないかと、今では思う。
母親は入院ぎりぎりまで電話で会社を切り盛りしていたし、父親といえば自宅に大量の資料を持ち込むほど仕事熱心だった。俺はそういうのを生まれた時から見ていたから今更どうということもなかったが、それでも大変そうだ、何か手伝わないと、と考えていたのだった。
今思えば、たかが3歳の子供など、彼らの直面していた社会においてはいないも同然だった。成人した今では、そんなことを思っていたあの時の自分をほほえましく思うだけである。
やがて1週間が経ち、無事に出産した母親が退院した。俺は子供の性別を知らされていなかったから、楽しみだった。どんな形にせよ、兄弟が増えるのはいいことだ。
弟だと聞かされた時も、俺はとても嬉しかった。妹でも弟でも、どっちでも嬉しかった。
音楽が好きだからという理由でつけられた、響かせる俺と、奏でる弟。俺が自分の音を鳴らすのに対し、奏は本当に静かに、それでもいつの間にか耳について離れない音楽になった。
でも奏は絶対に自己主張をしなかった。俺の前では。奏が誰かに甘えるところを見たことがないのはなぜなのだろう。当時から疑問に思っていることだが、本人に聞いたことはない。無意識だということは目に見えている。
奏が生まれて少し大きくなって、俺が小学校を卒業間近という辺りで、両親は俺たちに、海外に住もうと思う、と言った。もちろんこれは強制ではなくて、行きたくないなら行かなければいい。自分たちは行くけれど、生活には困らない。電話もある。メールもある。会うことは出来ないかもしれないけれど。
俺は行かない、と言った。小学校から大して変わらない面子で中学校に行きたかったし、何より知らない言葉のところへは行きたくなかった。
それに両親のことを考えたら、この時海外と日本を往復する生活だったから、日本に住んでいることが負担になっていることは分かっていた。だけれど、両親と一緒に行こうとは思わなかった。
母親は頷いて、弟を見た。奏はまだ9歳だった。判断能力はないかもしれない。両親と俺の考えは一致していた。でも大事なこと、と父親は奏に向かって、噛んで含めるように、海の向こうの、言葉も通じない国に一緒に行くのかどうかを聞いた。
奏は一度、大きく瞬きをした。

一瞬、後から考えるとただの錯覚だったと思いたいのだが、その時俺の目には確かに、小さく笑う奏の大きく綺麗な目が、全く笑っていないのを見た。
背筋に悪寒が走った。奏はふるふる、首を振った。いかない。それだけの言葉で、俺の心臓がおかしいくらい早鐘を打っているのが聞こえた。どくどく。この場にいる全員に聞こえるかと思うほど大きな音だった。
そう、と母親の笑う声が遠く聞こえた。響。父親が俺の名前を呼んだ。奏のことよろしく。俺は頷いて、怖々弟を見た。ちゃんと笑っていた。
おかあさんもおとうさんも、がんばってね。両親と奏だけが笑っていた。

俺の中学校入学から少し経った6月、両親は海外に引っ越した。しばらく近所からはおいていかれたのかしらだのなんだのと根も葉もない噂を囁かれたが、それもすぐに終わった。
奏は中学生になり、俺は高校生になった。進学校だったせいか、俺の周りでは1年生の夏休み頃からどこの大学を受けるだの塾と家庭教師をやってるだのという話題が絶えなかった。
俺は正直どうでもよかった。問題は、奏のことだった。地元の大学に行くとしても奏と別れて一人で暮さなければならなかったからだ。
奏は吐くようになっていた。家の中だけだと本人が言っていたからその通りだと思うけれども、どうやら俺が進学したことで教師から何かしら言われているらしかった。
奏は表面的にはうまく受け流すことができるように見えるが、実際は内側に澱のように凝っていく思いを吐き出せないだけだった。
不器用といえばそれまでだが、俺には奏がその方法を知らないという方がしっくりきた。怒り方と、不満の吐き出し方を知らない。
現に俺は奏が怒っているのを見たことがない。忘れているのではない。知らないのだ。
俺は仕方がないからと、見守るしかないと思っていた。なぜなら俺もまた、怒る、というのがよく分からないからだった。吐き出すことはない。吐き出す必要がなかったからだ。
ただ、どうしても見守れないことがあった。傷つけることだった。
奏は自分でも分からないけど、と困惑した顔だった。手首は血に塗れていた。
タナトフィリア、その言葉が頭をよぎったけれど関係ない。これは愛好ではなくて無意識だった。奏は何も考えていない。
ただ、ふと、してしまうだけ。本人はそう言ってそれ以上は何も言わなかった。
俺は、それを止めた時奏が壊れてしまうと思って止められない。

奏はギターを弾いていた。緩やかなものではない。奏の内側のような強く荒れたもの。
学園祭などで演奏することもあるらしかった。
俺は一回それを聞いたけれど、奏の声は、音はすごかった。嵐では足りない。奔流とでもいうのだろうか、乱暴にいえば、音の暴力に等しかった。殴りつけるというよりは、揺さ振って叩き起こすような。


奏は結局普通の高校に進学して、俺も地元の大学に行って奏を一人にさせている。

厳密にはカイトや皆がいるから一人ではないのだろうが。