ますたぁが一人きりの時にこっそり泣いていることを知っているのは俺だけだ。寝る前に少しだけ泣いているますたぁは、俺が言うのもおかしいけれど何だか壊れていた。ますたぁはきっとこのまま壊れて、そのうち消えていくような気がした。ますたぁが死んでしまったら、もちろん俺は生きていけるはずもない。
狂ってる、とカイトは言った。俺に向けていった言葉のはずなのに、ますたぁにも向いているような気がした。ますたぁはおかしくなんてない。
壁に背中を押しつけて、俺はますたぁをじっと見ていた。ますたぁは横たわったまま起きる気配もなかった。いつものことだった。
カーテンがびったりと閉じられた部屋で、息もしない俺と息しかしないますたぁと二人。このまま朝が来なかったら、俺はずっとますたぁと、この小さい箱にいられるのに。でも時計の針は壊せば止まるけど、宇宙の恒星は止まらない。朝が来て、明るくなったら、ますたぁはまた学校へ行く。苦しそうな顔で行く。
帰ってくるますたぁの顔は、俺の知らない顔。学校の顔。
「ねぇ」
俺はますたぁが起きていないのを知っていて、ぼそぼそと呟いた。
「なんで学校に行くの」
俺がこう聞いても、ますたぁは決まってちょっと悲しそうに笑って、どうしても、って言うだけだ。ますたぁはずるい。そうやって笑えば俺だけじゃなくカイトたちも反論できないのを知っている。本当に、ずるい。
それでも、この狭い世界に閉じ込められたままだとますたぁはますたぁじゃなくなってしまうから。
「ずるい」
俺は立てた膝に額を押しつけた。紫色の俺の髪が、ふわふわ浮いて落ちた。
「ますたぁはずるいよ」
俺がこうしていられるのが少ししかないと知ってて、手を伸ばしておいて、俺がどんな我儘を言っても絶対に怒らないのに、ますたぁは自分をいつだって大切にしない。
「カイトが死んじゃうよ」
俺個人としては一向に構わないことだ。だけど、ますたぁは違う。そうでしょう?そうだと言ってほしい。
「……たーちゃん」
ふと、声が聞こえた。顔を上げれば案の定、ベッドに起き上がったますたぁだった。
「僕は生きているでしょう」
「うん」
ますたぁに頷くと、ますたぁは少し笑った。あの笑顔だった。
「でも、たーちゃんたちも生きているよね」
「うん」
分かっているふりをして、本当は何一つ分かってはいなかった。俺たちは生きているって言えるんだろうか。ますたぁだけがそう思っているだけなんじゃないか。
生きているとするなら、俺みたいなものは生まれなかったはずなのに。
「でもたーちゃんたちは死なないね」
ますたぁはとんでもないことを口にした。
「僕たちは死ぬね」
「ますたぁ死にたいの」
思わず言ってしまった言葉にも、ますたぁはどこかぼんやりした顔で笑っただけだった。
「でも、一緒だよ」
「ますたぁ?」
そのまま、こてん、とますたぁは横になってしまった。近寄ってみたら寝ていた。寝ぼけているにもほどがあると思うんだ、ますたぁ。
「……変な人」
俺はぼそっと呟いて、また壁際に座った。

ますたぁは、俺たちがいなくなっても笑って、光みたいにきれいに、いつだって、幸せじゃなくちゃいけない。
絶対に泣いたりしちゃいけない。
ますたぁがそうでないと、俺はますたぁのこと好きになれなくなる気がするから。

「ますたぁ、お願いだから一人で死なないで」
のばした手を握りしめて、俺はその時初めて、理由もなく泣いた。