しゃりしゃりという音が帯人の耳に届く。奏が齧りかけの林檎から顔を上げた。
「どうしたの、たーちゃん」
「ますたぁ、あのね」
テーブルに置かれたナイフを取って、帯人はするすると林檎の皮を剥く。奏は手にした林檎を飲み込んでしまうと、ただその手をじぃっと見ていた。
帯人は楽しそうにナイフを動かす。白い手が赤い皮と混ざって浮いている。
「でーきた」
帯人が、はい、と奏に差し出したそれは、特徴的な真っ赤な耳を立てていた。
奏が顔を輝かせる。子供のように嬉しそうに、帯人の作った林檎の兎を受け取った。
「ありがとう」
矯めつ眇めつ、あちこちから眺める奏に帯人は優しい目を向けるだけだった。
「食べて」
うっとりした声に押されて、奏は兎に口づけるように齧りついた。しゃくり、と歯で断たれた林檎が音を立てる。
「おいしい?」
帯人は心底愛おしそうに奏を見ている。奏は林檎の兎をすっかり咀嚼してしまうと、帯人の膝にどさりと倒れこんだ。
「どうしてたーちゃんは兎が作れるの?」
「………あのね」
帯人は奏の髪に唇を落としながら、にっこり笑った。片方だけの瞳が柔らかく歪む。
奏は仰向けになって帯人を見て、歪んだ目と見つめ合った。綻んだ頬に帯人の冷たい手が触れる。
「ますたぁに喜んでほしくって、俺、覚えたんだ」
奏がけらけらと笑い声を上げた。楽しくて仕方ないといった風に。帯人もつられて笑った。奏の頬に当てた手が、それに合わせて小刻みに震えた。
「ありがとう」
そう言うと、奏は帯人の膝に寝転んだままゆっくりと目を閉じた。
「たーちゃん、林檎」
「うん」
帯人が奏のおねだりに頷いてナイフを持つと、奏は目を開けてそれを下から見上げた。
さくさくと切る音がするたびに、少しずつ赤い皮が取られていく。
きれいな色をしている。
「たーちゃん、危ないからね。気をつけてね」
「大丈夫。俺、ますたぁを傷つける物の扱いは上手だから」
できたよ、と渡された兎を、奏は帯人の口に押し込んだ。ちょうど兎の頭がこちらを向いている。奏は起き上がってその頭をがぶりと噛んだ。
少しの間を挟んで向かい合うと、帯人の紫の目が驚きに見開かれていたのが見えた。
がりっ、と音を立てて唇を離した帯人がぼんやりした顔で言う。
「ちゅうしちゃうところだよ」
「もちろんわざとだったよ」
けろりとした顔で言う奏に頬を膨らませ、帯人は不意に顔を近づけた。
「……しないの?」
にやにやと意地悪に笑う奏に帯人はぎゅっと眉を寄せる。
こんなに意地悪なところもあるのにすぐに甘えてきたり、傷つけたり甘やかしたりして、分からない!
不機嫌な帯人に奏は愉快そうに大きく笑って、倒れるように帯人の唇にぶつかった。
ぬるかった。人の感触がした。少しだけ、林檎の甘酸っぱい味がした。

初めてだった。ますたぁ以外の誰かとするとは思ってなかったけれど、ますたぁとしてもびっくりした。
ますたぁとはこんなことしないと思ってた。どうしよう。
俺、明日から、どういう風にますたぁと一緒にいたらいいんだろう。
俺は自分で作った兎をじっと見つめた後、一つ頭を振ってそれを食べた。